市川染五郎監修 歌舞伎フェイスパック
中には歌舞伎・隈取の解説も入っております
日本のクライアントとは欧米に比べてどうでしたか?F.F. はっきり言って日本のクライアントは本当の意味でのデザイナーを求めてはいない。たとえばソニーでは、社内に200人ものデザイナーがいて、フロッグデザインは彼らと共同で仕事をします。でもそれではフロッグのデザインにはならない。できたものは水で薄めたワインと同じです。アップルで仕事をすることになったとき、それまでいた社内のデザイナーは全員解雇されました。彼らは「水」になるからです。日本の大きな組織では、いくらデザイナーに斬新なアイデアがあっても、それが100%発揮されることはないでしょう。それから日本というのは面白いところで、デザインそのものには異常なまでに関心があるのに、デザインに投資することには全く関心がない。広告宣伝には湯水のようにお金を使うのに、です。フロッグデザインのデザイン料は他社に比べると相当高いんです。10倍ぐらいは。ですから、予算面で折り合いがつかなくて苦労しました。最初だけ依頼して、後は社内でやるからいいというようなこともあったでしょう?F.F. しょっちょうです。社内のデザイナーの教育のために一度仕事をしたいとか。ヨーロッパではデザイナーと企業の関係はもっと密接です。15年、20年と付き合って仕事をします。日本には、いろいろなデザイナーのアイデアをつまみ食いしている企業もあります。街には、いろんなデザインを寄せ集めた製品が氾濫しているでしょう? それが日本の文化の特徴なのかもしれませんが。でもたとえばパナソニックとパイオニアの電話機のデザインの違いを言えますか? 言えないでしょう? それが日本なんです。でもそれだと、後は価格競争するしかなくなってしまう。アップルの製品は決して安くない。でもそれが売れるのは、人々がアップルのフィロソフィーにお金を払ってもいいと考えるからです。でも、いくらフィロソフィーがよくても、そこに優秀なデザイナーがいなければ正しく伝わらないでしょう。F.F. そう、だからデザイナーの仕事は「翻訳」であると。逆に、ビジョンやフィロソフィーのないクライアントだったら、どうしますか?F.F. それが問題でね。ソニーの盛田氏、大賀氏、亡くなった本田宗一郎氏のような個性的なトップがいる企業は少ないですね。たいていの場合、金儲けがビジョンになっている。日本企業で問題だと思うのは、マーケティングと製造とデザインの各部門があまりにも近すぎる。マーケティング部は市場調査をして、「今の流行りだからこれを作ろう」と言う。すると製造部は「でもラインを新しく作るとコストがかかるから、ここはこのままで」とか何とか。それからデザイン部門にやっと話が来る。逆じゃないですか? 最初にフィロソフィーがあって、次にデザイン。その後に製造とマーケティングという順番が本筋ではありませんか。そうしてこそ、アイデンティティを持った製品が生まれるんです。最後に生き残るのは、そうやって作られたものだと思いますけどね。
初期アップルのプロダクト・デザイナーが語る「スノーホワイト」の真実 | STUDIOVOICE
1991年12月号 Vol.192 特集「マッキントッシュの伝説」より
(via kogumarecord)
デザインの話は普遍的だなぁ。
(via
)
面白いのは、過去に手描きアニメのキャラデザインを手がけた時は「揺れ物・長物(髪の毛やマフラーやマント)がアクションで映えるから欲しい」 「あまり細かいデザインだとアニメで描くのが大変なので簡略化してほしい」だったのが
3DCGの量産体制現場では「揺れ物・長物・マントは干渉してしまうのでなるべく無しで」「ある程度色数を増やしたりディティールを細かくしてもOK」と真逆の事を求められた事でした。
でも、ゲームのモデルではまた逆に揺れ物・長物OKになるんですよね。カッコよさ優先なので。
僕はこのカードゲームを通じて、フォントの魅力を知ってほしいと同時に、
これからデザインを学ぶ方の手助けになればいいなと思っております。
実際に自分がデザインを学び始めた時に、あったら良かった・欲しいと思えるようなプロダクトです。
それはきっと、今から学び始める方でも同じ気持ちだと思いますし、現役の方でも役に立てるようなツールだと思います。
それと勉強だけでなく、職場の同僚と、学校の友達と。息抜きの時のコミュニケーションツールとして単純に遊んで欲しいという気持ちもあります。
楽しく遊んで楽しく学ぶ、それを実現してみなさんに提供できれば幸いです。
「良いデザイン」は「○○だから良い」と理由を説明できない。
また、説明されるとしてもそれは全て感想であって再現性がないので科学とは言えない。
つまりデザインの説明からは、可逆的ではない感想しか引き出せない。
それに比べると、カメラの性能は「1000万画素だから良い」と説明できるし、これが説明できることによって、1000万画素が2000万画素になれば単純に二倍の性能になった、と誰でも理解できる。つまりこの説明は可逆的である。
ところがそのカメラで撮影した写真が「良い写真」なのかどうか、誰も説明ができない。
写真にもセオリーがあり、構図の三分割法とか、適正露出とか色々だが、そうしたセオリーを忠実に守るだけで「良い写真」に近づくのは事実だ。
しかし本当に「良い写真」というのは、しばしばそのセオリーを崩したところで生まれたりする。
それを「良い」と思う感覚質は、可逆的な説明をすることができない。
そのとき僕は電通で重役秘書をやっていた、という女性と食事したときの会話を思い出した。
彼女は仕事柄、上司について出張に同行することが多いのだと言う。
結果として世界中、さまざまな企業の経営トップと会うことになったが、会社によって応接室やショウルームといったものに経営トップの個性が非常に出るのだと言う。
彼女曰く、「応接室を見ればその会社の質が解る」というのだ。
ある大企業の応接室は、彼女に言わせれば「貧乏な田舎者が考えた、”都会のお金持ちの生活”」なのだという。超一流の家具で揃えられ、明らかにお金が掛かった応接室だ。しかしその配置や、使われ方が「いちいち貧乏臭い」のだという。
また別の中規模の企業の応接室は、「素晴らしいホスピタリティに溢れた最高のエクスペリエンス」なのだという。その会社はあまり有名でもないし、規模が大きいわけでもないが、ある部品の製造では世界トップの品質なのだという。応接室に使われている家具はさほど値段の張るものではないが、部屋に入って来たときの導線から、在室中、お客様が快適に過ごせるようにあらゆるモノの配置を考え、配膳されるお茶の内容にまで拘った素晴らしいものだったと。
この話は僕に大きな衝撃を与えたし、興味をそそられた。
「それは素晴らしい知見だ。一体どんな文献を読めば、あなたのいうようなことが解るようになるのか」と思わず聞いてみて、それから「しまった!」と思ったがあとの祭りだった。
「あなたバカじゃないの? 本を読んで覚えようなんて発想が、そもそも貧相な田舎者。いい?それを知りたかったら、自分でお金を払って、一流の家具やサービス、ハーマンミラーやイームズや、ファーストクラスや最高級のスイートルームを体験する。それが一流と呼ぶに相応しいものかどうか、自分で判断するのよ」
ガーン、だった。
僕は飛行機はエコノミー派だし、ホテルなんて寝るとこさえあればいいや、とそうした無駄に高いサービスを体験することを避けていた。
しかし、そのやり方では、「一流のもの」を見抜く感覚は永久に育たないと思ったのだった。
海外有名美大へ通う美大生に教えてもらったこと。一晩かけて完成品に向けてデザインが進むプロセスを話ししながら過程の写真を見せてもらった。めちゃくちゃおもしろく、刺激を受けたので自分の理解としてメモ。
本人はかなり論理的ではない話し方をするので、それを基本的に論理的に思考するぼくが自分が理解できる形に落としてしまっている。このため、大切な要素は抜け落ちしている可能性が大いにある。ただ、本人の説明をそのまま載せると「こう、ええなあと思った」とかそんなんで終わってしまうので、こうなっている。あしからず。
“私は工学畑におりましたので、新しい車椅子をデザインせよと言われれば、動力アシストを付けるとか、自動車の衝突回避装置をつけて、ぶつかりそうになると自動的にブレーキがかかるとか、便利な方向に改良したくなるのですが、足こぎ車椅子は、逆の発想です。「自分で、漕げ」という車椅子です。電動などと比べれば身体に負担がかかり、不便ではあります。しかし、自分の力で移動できるということは、ユーザにとってはとても嬉しいことなのだそうです。あえて不便にすることによって、クオリティーオブライフ=生活の質を向上させる事例ではないでしょうか?”
— 「『不便』をデザインする」(視点・論点) | 視点・論点 | NHK 解説委員室 | 解説アーカイブス (via cxx)
サンフランシスコのとあるスタートアップなんかは、まだリリースしていないからどこまで精度が高いかわからないんですけど、AIでWebサイトを作って、自動的に更新するという会社があるんですよ。これすごいですよ。これが本当に実現したら、Webデザイン会社はつぶれますよ。ユーザーが文字と写真をアップしたら自動的にWebサイトが生成されて、ユーザーがアクセスしたのを感知して勝手にグロースハックするんですよ。ずっと改善し続ける。勝手に。一番コンバージョン率が高い形に、放っておいてもWebが進化するんですよ。
MS ソフトウェアのデザイン、めっちゃ洗練されてきてカッコよくなってるはずなんだけど、高度にタイポグラフィに依存し過ぎて国際化耐性が低くなった結果、日本語環境だと結局別にかっこよくなってない、という残念事例は良い学びサンプル
僕がさくまさんに教えてもらったことで、今でも強烈に覚えているのが「ゲーム画面の中を作るな。ゲーム画面の前を作れ」という言葉なんだよ。
つまり、ゲームの中だけを見てどうこう言ってちゃダメなんだよ。大事なのは、実際にゲーム画面の前にいるプレイヤーがどう動くかであり、彼らがどう反応するかをデザインしろ、ということなんだね
勘違いをしている人が多いように思いますが、知識があるから疑問をもつことができるのです。知識はわかるために必要なのではなく、わからないことを発見するために必要なものです。デザイン思考が重視する観察という方法においては「わかる」ことが重要ではなく、目の前の普段と変わらない光景を「これはなぜここにあるの?」「なぜ、みんな、そんな風にするの?」と好奇心をもった目で見つめなおし、自分自身の物事の見方を変えることこそが重要なのです。見る対象が変わるのを望むのではなく、自分自身が変わるのです。